政界渡り鳥が越冬する環境を整えています

  • 2017.01.13 Friday
  • 06:29

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政界渡り鳥が越冬する環境を整えています

小池百合子東京都知事は、かって政界渡り鳥と言われていました。

Wiki引用

  • 日本新党新進党自由党保守党自由民主党と5つの政党に所属し、「政界渡り鳥」と呼ばれることがある。ただし、日本新党、新進党は党そのものが解党しており、自発的な離党は自由党および保守党を離党した時である。また、自由党からの離党は自自公連立政権からの離脱に反対したためであり、海部俊樹扇千景野田毅二階俊博など小池を含めて26名の議員が共に離党している。
  • 小池は『文藝春秋』(2008年1月号)への寄稿で、「政界再編の荒波の中で生きてきた結果、自慢にはならないが、新党の立ち上げはお手のものだ。党名、綱領、政策、キャッチフレーズに、党名ロゴ作りまで、三日もあればまとめる芸当さえ身に付けたが、もうたくさんである」と回想している。
  • 2016年7月に東京都知事選挙への立候補を表明した際には、「このところいろいろと私のこれまでの経歴などをご紹介いただく放送などを見ていて、『政党がコロコロ替わる』というようなご指摘もいただいている。しかし、改めて申し上げると、それは政党の離合集散の結果であって、政党名が変わっただけであって、私の主張、思想、そして信念は一度も変えたことがない。改めて思うと、政党というのはあくまで機能体であって、仲間内の運命共同体ではないと思う」と自ら説明している。

確かに「政党の離合集散の結果であって、政党名が変わっただけ」なのかもしれない。

真心の政治政策や、選挙民のための政治感覚が理解されたものと思います。

それと同時に「潔さ」もあるのではにでしょうか?

 

自民党の比例区における73歳定年制導入で、小泉総裁は猫の首に鈴をつけなければならない立場にあった。躊躇することなく実行した実態を小池氏は実感しているはずです。大先輩の首切りですから・・・・・

  • 2003年の自民党の比例区における73歳定年制導入により、2003年の総選挙では自民党の比例北関東ブロックからの出馬が出来ず、立候補を断念し衆議院議員から引退した(なお、比例名簿で終身比例名簿1位から退いたことで、比例当選最下位順位の早川忠孝が復活当選している)。

  •  

    中曽根は中選挙区制から小選挙区制への移行に際し、比例北関東ブロックにおける終身1位を約束されていた。しかし「特例をもうけていいのか」と全国の県連などから批判があがり(群馬県連でも世代交代を求める声があった)、小泉純一郎総裁は中曽根と宮澤の両長老に引退を勧告した。

    一度、党執行部が約束したことを小泉が一方的に破棄して中曽根に引退勧告したことは、一部で「きわめて非礼なものである」との批判も呼び、中曽根は「政治的テロだ」と強く反発し、出馬断念の記者会見でも「引退はしない」と公言した(詳細は上州戦争を参照)。

小泉純一郎氏、細川護煕氏、小沢一郎氏、安倍 晋三氏といろんなタイプの政治家を参考にする中で、刺客を発想できる小泉氏に少しは傾倒しているのではないでしょうか?

福田赳夫秘書を時代に氏は「“こいつは意地の強いやっちゃ。なかなかしっかりしとる。だから、大物になったら、とんでもない大物になるけど、はぐれたら処置ない奴ぜぇ”」と言うたことがあるとのことです。

小泉氏は

1942年(昭和17年)1月8日神奈川県横須賀市に、父小泉純也と母芳江の長男として生まれる。母方の祖父小泉又次郎第2次若槻内閣逓信大臣を務め、若い頃に全身に入れ墨を彫っていたことから、“いれずみ大臣”“いれずみの又さん”などの異名で知られる大衆政治家だった。

こんな所から完成されているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

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